朗読を楽しむ

朗読

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私たちは小中学校の「国語」の時間に教科書を「音読」させられた経験を持っています。詩、エッセイ、小説、評論などジャンルはさまざまだったはずですが、読み方の違いを先生から教わった覚えはありません。「朗読」と「音読」の違いは、作品が読まれるのを聞いて作品を鑑賞できるかどうかです。ニュースのアナウンサーがニュース原稿を読むのとは違います。  
 「朗読」とは、作品の世界が生き生きと目に浮かび、聞いた人々が感動できるものを言います。少なくとも作品の持っている感動を他の人にも共有して欲しいとの願いが込められたものです。したがって、読む人がどのような作品を選ぶかはもちろん重要ですが、読む人が作品をどう理解するかが重要になります。 朗読にあたって自分の役作りの練習をすることは重要ですが、作品をより深く理解する努力が大切です。「朗読」のトレーニングに近道はありません。あなたの持っている「表現する」「読む」「鑑賞する」可能性を伸ばして下さい。


ろうどく

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独り閉じこもり読書していると、もし「朗読してみよ」言われたら、きっと尻込みするに違いない。そんな目に合わなくても、すばらしい、または、気に入った文章に出くわすと、「朗読したくなる」時がある。そんな時は自己流で「音読すればいい」だろうが、もしも傍に人がいて、または「人前で朗読する」ことになった時、どうすればよいか?一度勇気を出して自由が丘FM朗読の教室の扉をたたいてみよう。まずは、腹から声を出す。口先でもごもご言うのではない。口を大きく開けて思いきり声を出す基本を大切にする。努力すれば暗く鈍重なダミ声も、軽快にリズミカルな声に変えることもできる。腹式呼吸法を会得することから始まる。
 自由が丘FM朗読の教室ではベテラン朗読専門家の手ほどきが受けられる。われわれ普通の人々の多くは、朗読を専門にするわけでなく、少し朗読がうまくなりたいと思う者が普通ではなかろうか。子どもに聞かせるくらいはありうるとして、人前で読んで聞かせる場はほとんどない。本を読んでみて その作品内容に通暁して、しんみりと聴かせる。なんでもない表現のようで、実に含蓄がある表現の仕方がある 朗読の真髄は「何を伝えるか」ではなく、「何故伝えるか」であるという。何を訴えようとしているか、それを念頭に朗読を自らやってみてはどうだろうか。その心がじーんと伝わってくる、その悦楽こそ朗読の醍醐味ではなかろうか。静かなひととき、朗読の楽しみに浸りたいものである。